スカイ姫のつぶやき19 つぶやき街角北東部ルート (飛木稲荷神社入口~曳舟小学校 ) https://sky-princess.com/northeast.html



                                to top page  つぶやきいってみようへ

    〇高 木 神 社    〇飛木稲荷神社    〇圓 通 寺    〇押 上 文 庫
    高松プロダクション・吾嬬撮影所跡     〇すみだ 向島EXPO      〇京 島 南 公 園

KAB Library and Residency(民泊図書館)    〇押 尾 川 部 屋
     〇香取神社・紅梅園     〇東京モスリン吾嬬工場跡    〇緑 と 花 の 学 習 園 

IU 情報経営イノベーション専門職大学
     花王 東京工場    〇大 沢 梅 次 郎 像 
     〇吾 嬬 神 社     萬年山明源寺
  〇立花大正民家園     〇旧中川水辺公園
  〇白 髭神社(立花)       〇東 漸 寺
    すみだスポーツ健康センター     〇墨田清掃工場 
社会福祉会館   TOKYO 油田     〇東京油 田 カ フ ェ

〇認定NPO法人 WE21ジャパン(リサイクルショップ すみだ) 
 
  東 墨 田 白 髭 神 社    〇八広地域プラザ吾嬬の里
    〇八 広 庚 申 塔(墨田区登録文化財)    
  〇 やくしみち道 標  
    〇三 輪 里 稲 荷 神 社  
    江戸小紋・江戸更紗博物館       山 﨑 商 店     〇街路灯建設記念碑
  〇墨田区立ひきふね図書館     〇藍 染 博 物 館



       



       高 木 神 社
応仁2年(1468年)室町時代の創祀と伝えられており、
旧寺島新田の鎮守として尊崇され、隣接する天台宗海
福山天王院正圓寺が別当寺でした。古くは「第六天社
(だいろくてんしゃ)」と呼ばれていました。明治の神仏
分離の際、高皇産靈神に祭神を変更し高木神社と改め
正圓寺から分離しました。。
住 所 / 押上2-37-9   電 話 / 03-3611-3459
 





御 由 緒
応仁2年(1468年)、室町時代の創祀と伝えられており、旧寺島新田の鎮守として尊崇され、
古くは「第六天社(だいろくてんしゃ)」と呼ばれていました。明治時代初期の
「神仏分離の制度」で『高木神社』と改めました。その社名は、御祭神である高皇産靈神
(タカミムスビノカミ)の別名が「高木の神」であるからといわれています。かつては、
境内に大きな臥龍の松(がりゅうのまつ)があり、曳舟川を上下する舟をはじめ、地域の
人々の往来の目印となっていました。昭和42年1月、鉄筋コンクリート造りの社殿改築が成り、
昭和43年11月、鎮座五百年の式年大祭が行われました。平成30年6月、御鎮座五百五十年
記念式年大祭を行いました。 





         





         





         





         





         





      

墨田区登録文化財
山 玉 向 島 講 社 の 碑

所在地 墨田区押上二丁目三十七番九号 高木神社

山玉向島講社は、かつて向島地域にあった富士講(富士山を信仰する人々の団体)の一つです。
講印から、江戸時代後期に成立した山玉深川元講から分かれた講と考えられます。講の参会
には講印を配した祭祀具が用いられ、富士山登拝の際には富士吉田の御師「大番城」の屋敷に
宿泊していました。沿革は不明ですが、明治七年(一八七四)と記された祭祀具が伝えられており、
大正期には講員が一00名以上であったと推定されています。本碑は、その山玉向島講社の人々が
明治三十一年(一八九八)九月に建立したものです。本碑には、正面に山玉向島講社の講印が彫刻され、
その中に「廿三夜」と刻まれています。これは、山玉向島講社の人々が参会する日を示すと考えら
れます。また、裏面には建立にかかわった世話人十六名の名が居住地別に刻まれ、建立当時の講社
に先達、講元などの役割があり、当時の中心メンバーが須崎、中之郷、寺島の住人で構成されていた
ことを示しています。十六名のうち、碑銘彫刻師として知られる三代目宮亀年(元宮為吉)が名を連ね
ており、碑刻者と推定されます。世話人の経歴を調べてみると、須崎の人々は墨堤常夜燈
(墨田区登録有形文化財)の奉納、寺島の人々は寺島小学校の創立というように、地域をあげての事業
に関わる有力者層でした。碑に刻まれた須崎、中之郷、寺島の三区域の範囲は、向島地域にあって
大きい部分を占め、山玉向島講社がそれまでの社会生活上のつながりを超えた広がりをもっていた
ことが分かります。山玉向島講社は第二次大戦中に活動を停止したと考えられ、その具体的な活動を
知ることは難しくなっています。この向島山玉講社の碑は、近代の墨田区における信仰と、地域の
結びつきの広がりを理解するために欠くことのできない文化財といえます。
平成二十三年二月
              墨田区教育委員会
 





令和5年度 お祭り風景

         





         





         





         





         





         





遷 座 祭

         





         





         






        飛 木 稲 荷 神 社
鎌倉幕府の滅亡後、北条氏の一門が逃れてこの地に転住し、
稲荷大明神を応仁2年(1468)勧請したといいます。暴風雨の
際にイチョウの枝が飛んできてこの地に刺さり、いつの間
にか大木にそびえたという言い伝えから飛木稲荷神社と命名
されたといいます。  旧請地村の鎮守である。
住 所 / 押上2-39-6  電 話 / 03-3611-0862  
 





         





         





         





         








飛木稲荷神社のいちょう
 所在  墨田区押上二丁目三十九番六号 飛木稲荷神社内
神社の名前に由来する御神木で、目通り約四・八メートルもあり、樹齢も五、六百年はくだらない
区内随一の大木です。戦災で一部が焼失し、樹高も十五メートルと低いが、近年いきおいを盛り返し、
樹形も整ってきています。江戸時代以前、このあたりは利根川(瀬替以前)の川口で、川の運ぶ堆積物
により陸地化が進んできたところです。葛西地域の西の海岸線の一部となっており、平安・鎌倉時代
あたりから、後の本所・向島の境ともなる古川沿いに自然堤防となっていたと推定されます。江戸時代
この辺は寺島新田と呼ばれ、順次開拓されていく様子もうかがえます。このいちょうの大木は、その
自然堤防に育った歴史の証しといえます。
平成三年三月
        墨 田 区
 








飛木稲荷神社の縁起と由来について
〇鎮座地 東京都墨田区押上二丁目
〇祭 神 宇迦之御霊神
   一般に「おいなりさん」と言われ親しまれている神様で農工・殖産・生活の加護に
   働きのある神様であります。
〇神 木 いちょう
   樹齢千年をこえると言われ、戦火 (昭和二十年三月九日)により、損傷を受けましたが、
ご覧のように元気に繁茂しております。古老の言い伝えによれば、大昔のある時、暴風雨の際、
どこからかいちょうの枝が飛んで来て、この地に刺さったとのことです。そしていつの間にか
亭亭とそびえたので、時の人が、これは異状のことであるとして、稲荷神社をお祀りしたのが
始めであると言われております。飛木稲荷の名もこれから起こったものです。お祀りした時代
については、当地は再三の水害・火災等により旧家や円通寺等では、古い書物が失われて詳
しいことはわかりませんが、旧幕舎寺奉行書によれば応仁二年(西歴一四六八年)とありますが、
おそらくそれ以前であると思われます。
〇お稲荷さんときつね
   稲荷神社には石ぎつねがあり、またせともののきつねがたくさんあるもので、きつねが
お稲荷さんと思われがちです。そのことは、稲荷神社が最初に祀られた京都伏見稲荷神社
境内のお山にきつねがたくさん住んでいたことから、きつねは、お稲荷さんのお使いである
という信仰が生まれました。この信仰から神社の前に置かれるようになったものです。
〇境 内 神 社
   日 枝 神 社   祭神・大山咋神
   奥社稲荷神社   祭神・本社と同じ
  寄進・昭和五十二年七月吉日   押上三丁目・伸成睦








‘身代わり’飛木の焼けイチョウ
名前の由来
昭和二十年(一九四五年)三月十日の東京大空襲で、ご神木(神霊が宿っているとされる木)は、
我が身を焦がし、懸命に災をくい止め、町の延焼を防ぎました。そして幸いにも多くの人達が
助かりました。ご神木は、戦災という大きな悲劇を乗り越え、数年を経て緑の芽を吹き出しました。
このようにたくましく生き延びた縁起のイチョウです。今の世にあって、私達に生きる勇気と
希望を与えてくれています。きっと焼けイチョウは、大変な戦争があったという事を、これから
先も伝えてくれることでしょう。
平成二十二年六月吉日

                         飛木稲荷神社総代一同
                          掲示板奉納 多賀和弘殿






        圓 通 寺  (曹洞宗)
飛木山普門院といい、かつて浅草寺(台東区)末の
天台宗の寺院で、応仁元年(1467)に創建されたと
伝えられています。
住 所 / 押上2-39-6  電 話 / 03-3611-5508  
 





         





掲示板には六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)と
書かれていました。自分に徳をつける修行だそうです。


              





         






        押  上  文  庫
縄文式土器や様々な器との出会い!
元オペラ歌手の文庫オーナーによるスタインウェイ
のピアノレッスン教室があります。
2階では義太夫やさおり織教室が開かれています。
住 所 / 墨田区押上3-10-9
 電 話 / 03-3617-7471    





         





               





         





         





                











         






義太夫・さおり織・他教室

         





         





         





         





夢を感じる色合いのさおり織作品集です。販売もして下さいます。
連絡は押上文庫さんへ 03-3617-7471


                       





                       








       



      
押 尾 川 部 屋
二所ノ関一門の相撲部屋です。
師匠 押尾川旭(委員)
しこ名 関脇 豪風(本名→成田旭)


所在 / 墨田区文化3-6-3





         





押尾川部屋後援会会員
ちゃんこ交流会、餅つき大会参加したいなーと思いました。
一般コース 10,000円/年
・デジタル会員証
・朝稽古の優先見学(随時予約受付)
・最新番付表送付(6回/年)
・会員限定ちゃんこ交流会(年1回 参加費別途2000円)
・会員限定餅つき大会(年1回 参加費別途2000円)
・会員向けメールマガジン発行
・押尾川部屋限定グッズプレゼント(入会時、更新時)
・押尾川部屋オリジナル卓上カレンダー(1部/年)
・日本相撲協会カレンダー(1部/年)
・親方サイン色紙(1枚/年)
・推し力士サイン色紙(関取限定)(1枚/年)  



       レディースコース 10,000円/年(女性限定)
・デジタル会員証
・朝稽古の優先見学(随時予約受付)
・最新番付表送付(6回/年)
・会員限定ちゃんこ交流会(年1回 参加費別途2000円)
・会員限定餅つき大会(年1回 参加費別途2000円)
・会員向けメールマガジン発行
・押尾川部屋限定グッズプレゼント(入会時、更新時)
・押尾川部屋オリジナル卓上カレンダー(1部/年)
・日本相撲協会カレンダー(1部/年)
・レディースコース限定グッズプレゼント(入会時)
・レディースコース限定、親方&力士との「お茶会」
(1回/年 別途2000円)
・推し力士サイン色紙(関取限定)(1枚/年)
・親方or推し力士からのバースデーカード  






      
高松プロダクション・吾 嬬 撮 影 所 跡
隅田川 河畔にあった日活向島撮影所(現在の桜堤中学校
敷地内)とともに、墨田区内に存在した映画撮影所として、
日本映画史の一端 を刻んでいます
所 在 / 墨田区京島3-62 





         







高松プロダクション・吾嬬撮影所跡
所在 墨田区京島三丁目六二番

日本映画の製作は、日活、私竹など四つの大手会社が占めていま したが、大正10年前後になると、
短期間の内に幾つも独立プロダ クションが生まれては消えていく混沌とした時期を迎えました。
高松プロダクション の創略者・高松豊次郎 は、始め、映画興行を 通じて労働演説等の活動を
していましたが、大正六年(一九一七)六月には 活動写真資料研究会を結成し、社会教育映画を製作
するようになりました。 この過程において、プロダクション創立後に協力しあ うことになる牧野
省三らと親交を結びました。また、「大東京」 などの映画館 を経営し、浅草六区 の興行組合長
にもなりました。映 画資料の収集にもあたりましたが、関東大震災で焼失しました 吾嬬撮影所
のグラスステージは、高松プロダクションの活動 拠点として、大正一四年(一九二五)10月に建て
られました 敷地は 一〇〇〇坪余り、現像室も一〇〇坪あったといわれています。主な スタッフ
として所長兼監督山根幹人、文芸部今東光、俳優近藤伊与吉・・草間実・西山普烈 (江川宇礼雄)
等がいました。この撮影所で「輝ける扉」(山本嘉次郎監督)、「愛染手綱」(高松操監督)な ど、
四二本の時代劇等を製作配給し、俳優では西山普烈・近藤伊与吉・滝田静江・高島愛子等 を輩出
しました。 しかし、高松プロダクシ ョンは、提携していたマキノ映画社 の撤退、監督の他プロ
への移籍などにより、わずか一年数カ月の経営で 休業状態に陥り、貸スタジオに転向せざるを
得ませんでした。 隅田川 河畔にあった日活向島撮影所(現在の桜堤中学校 敷地内)とともに、
墨田区内に存在した映画撮影所として、日本映画史の一端 を刻んでいます
平成一一年三月
                                墨田区教育委員会
 





         






        すみだ向島 EXPO
(東京に故郷を作る)そんな思いを込めて運営する
街中博覧会で、ユニークなイベントが色々あります。

2022年は10月1日(土)~10月31日(月) 火木は休み
詳細は sumidaexpo@gmail.com
すみだ向島EXPO実行委員会

住 所:京島3丁目50−12
営業時間: ?~: 18:00






すみだ  向 島 EXPO2020
「隣 人 と 幸 せ な 日 々」Blend into the neighborhood
〔体験型芸術祭〕すみだ向島EXPO2020
2020.9.12(土)~10:11(日)
会 場 墨田区曳舟エリアの街中会場40個所



          





東京都知事が10月5日におみえになりました!

         





         





         





田 原 唯 之 作 品 (ウロボロスの庭)

         





         





水道管芸術 DEAD OR ALIVE (水道管で作成されています)

         





 (陽昇 陽沈) 蛇口から水道水が出ていました!

         





壁に左官やさんが書かれました!

         





風 船 暖 簾 ?

         





周辺のオヤオヤ?風景

         






      
KAB Library and Residency
(民 泊 図 書 館)

天井まで届く本棚に圧巻!
所 在 / 墨田区京島2-24-1





         





 
U字形の書棚で非常に珍しいそうです。
           






         





宿 泊 施 設 で す !

         






         京 島 南 公 園
高さ約10mの巨大なすべり台を備えるマンモス公園で、
1963年に作られた区立の公園です。面積1596平方
メートルの広場に様々な遊具が点在しています
所 在 / 墨田区京島2-20-17 





         





         








        



       花 王 東京工場

私たちの使命は、持続可能で豊かな共生世界を実現する
ことです。そのために、サステナビリティ以外の退路
を断ち、「未来のいのちを守る会社」として、人、
社会、地球に貢献することをめざしていきます。
       
(花王のホーム頁より)
住 所 / 文化2-1-3   電 話 / 03-5630-9000 





         





         





         





              






       大 沢 梅 次 郎 像
東京都議会議員選挙で、当時の向島区選挙区から
立候補して、初当選しました。
隣接する花王とは無関係の方のようです。
藍綬褒章及び没後 - 従五位・勲四等瑞宝章を
受けられているそうです。
住 所 / 文化2-1-10 





            





                        





       





                   






       
緑 と 花 の 学 習 園
約280種類5100本の植物が植栽され、花壇には季節の花が
四季折々の彩りで、潤いと安らぎを与えてくれます。

住 所 /文化2-12-17  電 話 /03-3636-3823
開園時間 /9:00~16:00





         





                 





         





         





         





                  





         





         





               





          






       香 取 神 社・香梅 園
平安時代末期、當地開拓のために千葉県香取郡から六軒の
人々が移住しました。開拓者の氏神として永万元年(1165)に
創建され、以来村の鎮守として崇められてきました。美しい花梅
の香梅園としても江戸時代に三千坪を超える広大な「梅屋敷」
と呼ばれていた小村井梅屋敷梅園があり、その再現として、
香取神社の境内に作られました。
住 所 / 文化2-5-8   電 話 / 03-3612-0878 





お祭り風景(2022年9月3日)
沢山の人と出店、久しぶりに見る楽しい風景でした!

         





         





         





         





         





         





         





         





        





     

〈墨田区登録文化財〉
禊盤(けいかん)( 手水(ちょうず)(ばち))
     所在地 墨田区文化二丁目五番八号 香取神社内
手水鉢は神仏を礼拝するにあたって、参拝者が手を洗い、口をすすぐための器であり、その行為
のことを「手水を使う」ともいいます。この習慣は古代から行われていた「斎戒沐浴(さいかいもくよく)」
の名残で、水で心身の罪や穢(けが)れを清める、「禊(みそぎ)」を簡略化したものと考えられます。
そのために本堂や社殿の前には必ず水を満たした盥や「手水桶」「手水鉢」などが常備されています。
現在香取神社境内の諏訪社前にある手水鉢が「禊盥」と刻まれていることは、江戸時代後期の篤信者たち
がただ単に手を洗うだけではなく、こうした禊の習慣をよく理解したうえで神前に奉納している貴重な例
といえます。この禊盥の右側面には「文政11年(一八二八)戌子六月吉祥日」、左側面には「星塢奏鐘書」
、裏面には「氏子中」と能筆で刻まれています。かつては本殿前に据えられていたものです。
平成二十年三月
                       墨田区教育委員会掲示より
 







小 村 井 梅 園 の 由 来
小村井梅園は江戸時代に作られ、当時の名所案内にも数多く紹介された江戸近郊の梅の名所です。
香取神社の東側に位置し、小村井字出戸五百十一番に三千三百坪の広さを持ち、切絵図には「梅屋敷 
名主小山孫左衛門 年毎御成有」と記され、毎年梅花の盛りには将軍家の御成りがあり、御成り梅の名
も残っていました。紅梅白梅と姿良く、また老樹も多く、大きな実も穫れました。園内には、築山や池
に多くの名石が組まれ、東西に亙り松の大木が二列に並び立ち、鴨・鷺など多くの鳥が飛び交い、利根川
の魚を畜った釣堀もあり、花菖蒲に秋の七草と、多くの人で賑わいました。安藤広重の「絵本江戸土産」
の錦絵には「小村井は亀戸より四、五町巽の方に在り此の所に香取の社あり その傍梅園ありて満開の
節は薫風馥郁として行人の鼻を穿つ 実に新古の梅屋敷にも倍したる勝景・・・・・」と記されています。
惜しくも明治四十三年の大水で廃園となりました。面影を忍び、此處にその由来を記して記念とします。
             平成二年九月吉日  平成二年度 世話人
 





 
        
江戸名所図会 香取大神宮 






〔江戸切絵図〕. 隅田川向島絵図
著者 景山致恭,戸松昌訓,井山能知//編
出版者 尾張屋清七
出版年月日 嘉永2-文久2(1849-1862)刊






        





         





         





         





         





        





         






    
東京モスリン吾嬬工場跡
本所・向島両地区は、江戸時代より隅田川につながる水路が
整備され、水運の発達には目覚ましいものがありました。
このため、明治中期以降の両地区には、近代産業を担う
工場が次々に進出しました。
住 所 / 文化一丁目二十五番~三十二番 





         





         





      

東京モスリン吾嬬工場跡
                   所在地 墨田区文化一丁目二十五番~三十二番

本所・向島両地区は、江戸時代より隅田川につながる水路が整備され、水運の発達には目覚ましいものが
ありました。このため、明治中期以降の両地区には、近代産業を担う工場が次々に進出しました。当地
には東京モスリン吾嬬工場が建設されました。東京モスリン紡績株式会は、明治二十九年 (一八九六)
三月、日本橋の洋反物商人たちが三井高保 (旧三井銀行社長) と資本提携して創設しました。同社は、
モスリンを中心に多様な製品を手がけ急速に事業を拡大、大正十五年 (一九二六) 頃には各地に工場を
創設して四百人余の社員と一万二千人にも及ぶ工員を抱えるようになりました。同社の製品の中には
中国やインドで需要を伸ばすものもあり、国内繊維産業を盛況に導く原動力になったともいわれています。
ただし、当時の急速な産業発展の背景には、過酷な労働条件のもとで働く労働者の存在がありました。
東京モスリンをはじめ多くの紡績工場では、地方の貧しい農家から集められた女工たちが極めて低い
賃金で働いていました。細井和喜蔵の『女工哀史』でよく知られているとおり、彼女たちは工場内の
宿舎で共同生活をし、十一時間以上の労働に従事していました。そのため結核などの重い感染症に
かかる例も少なくなかったのです。大正期には各地で労働争議が起きましたが、大正三年 (一九一四)
の東京モスリン吾嬬工場の争議は、労働運動発展の契機として有名です。千人を超える大量解雇に対
して、この時、大規模なストライキが起きました。この争議は結局成功しませんでしたが、「本区に
おける労働争議の中でも特筆しなければならない」 『墨田区史 前史』出来事として今日
家で語りつがれています。
  平成二十二年三月
       墨田区教育委員会






       
情報経営イノベーション専門職大学
すみだに初めての大学!専門職大学の情報経営イノベーション
専門職大学【iU】はICTを活用しグローバルにイノベーションを
起こす人材を育成し、「まだない幸せ」をつくります。
住 所 / 文花1-18-13 





         





         








      



        吾 嬬 神 社 (連理の楠)
日本武尊
(やまとたけるのみこと)とその妃弟橘媛(おとたちばな
ひめ)
ゆかりの伝承を持つ神社で、連理の楠は竹垣で囲まれ
、しめ縄がかけられています。連理とは一つの根から2 つの
幹が出たもので、大正年間に枯死してしまい、枯れた根と
一部の幹のみが残っています。日本武尊が走水で海に身を
投じた后・弟橘媛の霊を鎮め、食事をした後に箸を地に刺
したものが連理の楠に成長したといい、瑞兆、神木として
崇めるようになったそうです。江戸七森めぐりや太田道灌
七稲荷めぐりの一つだそうです。
住 所 / 立花1-1-15 





         







吾 嬬 神 社
御祭神  弟橘姫ノ命
     日本武ノ命
縁 起
往時は吾嬬の森八丁四方と云はれまた浮洲の森とも呼ばれこんもりと茂った森林の神域にあった
名社である草創は遠く景行天皇(十二代)の頃にさかのぼり御祭神は弟橘姫ノ命を主神とし
日本武ノ尊を御合祀奉斉してあります。正治元年(一一九九)北条泰時が幕下の遠山丹波守らに
命じて神領三百貫を寄進し社殿を造営した嘉元元年(一三〇三)開創の真言宗宝蓮寺現亀戸四丁目
を別当寺とし吾嬬大権現と称した以後武家の尊宗があって安永三年(一七七四)大川橋の新設に
あたり江戸から当社えの参道にあたるところから橋名を吾妻橋と称したともいい明治二十一年
に数村を合せて吾妻村と称したのは時の府知事高橋五代の発案で社名をとったのである。抑当社
御神橘は昔時日本武ノ命東夷征伐の御時相模の国に御進向上総の国に到り給はんと御船に召され
たるに海中にて暴風しきりに起り来て御船すでに危ふかりしに御右橘姫の命海神の心を知りて
御身を海底に沈め給かしかば忽海上おだやかに鎮りたり時に一つの島忽然と現れ到る心を知りて
御船をば浮洲に着けさせ嶋にあがらせ給ひてあ丶吾妻恋しと宣ひしに俄かに東風吹き来りて橘姫ノ命
の御召物海上に浮び磯部にた丶寄らせ給ひしかば尊大きに喜ばせ給ひ橘姫ノ命の御召物を則此浮洲
に納め築山をきづき御廟となしたりこれ現在の御本殿の位置なり此時尊は食し給ひし橘の御箸を
以て末代天下平安ならんには此箸忽ち根枝を生じし処葉茂り連理の男木女木となれり神代より二千
有余年の星霜おし移ると云へ共尚梢えの色変らず栄えし処名樹も第二次大戦の災禍を被り焼け落ち
て化石の如き姿で残った其一部を以て賽銭箱を造りご神前に永く保存される事となった以後御神徳
に依る数々の奇瑞を現わし諸人の助けとなりたる神樹を惜みて明治維新百年祭を記念して元木に
優る名樹日本語成長を祈念しつつ二本の若木が植えられた爾来十年余念積成就の兆し現れ日毎に
葉茂り枝栄えたりこれこそ御神木の再生ならんと此由来を御世に伝えんと略してしるす也
平成二十四年十月  江都西葛飾 亀戸郡 七十八歳 老書 樰澤信博
 





               





         





         





                    







吾 嬬 神 社
御祭神
  弟橘姫命合殿日本武命
縁 起
抑当社御神木楠は昔時日本武命尊東夷征伐の御時相模の國に御進向上の國に到り給はんと御船に召
されたる海中にて暴風しきりに起り来て御船危ふかしりて御后橘媛命海神の心を知りて御身を海底に
沈め給ひしかば忽海上おだやかに成りぬれ共御舟を着くべき方も見えざれば尊甚だ愁わせ給ひしに
不思儀にも西の方に一つの嶋忽然と現到る御船をば浮洲に着けさせ嶋にあがらせ給ひてあゝ吾妻戀し
と宣ひしに俄に東風吹耒りて橘媛命の御召物海上に浮び磯辺にただ奇らせ給ひしかば尊大きに喜ばせ
給ひ橘媛命の御召物を則此浮洲に納め築山をきづき瑞離を結び御廟となし此時浮洲吾嬬大権現と崇め
給ふ海上船中の守護神たり尊神ここに食し給ひし楠の御箸を以て末代天下平安ならんには此箸二本と
もに栄ふべしと宣ひて御手自ら御廟の東の方にささせ給ひしに此御箸忽ち根枝を生じし処葉茂り相生
の男木女木となれい神代より今に至りて梢えの色変らぬ萬代をさめし事宛然神業なり其後民家の人々
疫にあたり死する者多かりしに時の宮僧此御神木の葉を与えしに病苦を払ひ平癒せしより諸人挙って
尊び敬ひぬ今こそ此御神木楠の葉を以って護符となして裁服するに如何なる難病にても奇瑞現れぬと
云ふ事なし凡二千有余年の星霜おし移ると云へ共神徳の変らざる事を伝ふべし共猶諸人の助け
とならんと略してしるす也
 





        





         





         

《墨田区登録文化財》
吾 嬬 の 森 碑(あずまのもりひ)
     所在地  墨田区立花一丁目一番十五号  吾嬬神社内
この碑は、明三年(一七六六)に儒学者山県大貳(やまがたたいに)により建立されたと伝わります。
「吾嬬の森」とは、吾嬬神社の代表的な呼び名で、江戸を代表する神社の森のひとつとして
「葛西志」や「江戸名所図会」にも紹介されています。碑の内容は、地元に伝わる神社の来歴
となっており、日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征、尊の妃・弟橘媛(おとうとたちばなひめ)
の入水(じゅすい)により海神の怒りを鎮めたこと、人々がこの神社の地を媛の墓所として伝承し、
大切に残してきたことなどが刻まれています。「新編武蔵風土記稿」には、碑は神木の傍らに建て
られていたと記されています。神木とは、墨田区登録文化財である「連理(れんり)の樟(くす)」
のことです。一つの根から二つの幹を見せる姿は、歌川広重の「江戸名所百景」にも描かれています。
左の絵は広重の作品「江戸名所道化盡(どうけづくし) 吾嬬の森梅見」で、中央にひときわ高く
そびえるのが「連理の樟」です。明治四十三年(一九一❍)の大水や関東大震災、東京大空襲
などにより森は失われましたが、長く地域に根ざした伝承は、この碑を通じても垣間
見ることができます。
   平成二十一年三月
                             墨田区教育委員会
 





         





 

〈墨田区登録文化財〉
狛 犬  安永二年五月銘
       所在  墨田区立花一丁目一番

この狛犬は比較的小型の一対ですが、世話人一0名と奉納者二二名もの名前が刻まれています。
そのほとんどが築地小田原町(中央区築地六・七丁目)や本船町地引河岸(中央区日本橋本町)
など日本橋の商人であることから、海運・漁業関係者とのつながりをよく表していると
いってよいでしょう。このことは吾嬬神社の由来に起因しています
日本の神話に、日本武尊(やまとたけるのみこと)が現在の東京湾を舟で渡っている時に
海神の怒りに触れ、往生していた時に妻の弟橘媛(おとたちばなひめ)が海に身を投げて
海神の怒りを鎮めたという話があります。この媛の品が流れ着いた所がこの地だった
ということです。以来、海や川で働く人々の守護神として信仰されてきたわけです。
 また、地盤沈下していなかったため、この社の裏の「吾嬬の森」と呼ばれた森が小山
のように広がり、海上からの好目標だったことも崇敬を集めた理由のひとつでしょう。
 現在、鉄柵の奥にあるために近づくことはできませんが、かえって台座に刻まれた
人名など、良い状態で保存されています。
平成九年三月    墨田区教育委員会






江戸近郊八景之内
吾嬬杜夜雨
絵師:広重
収載資料名:江戸近郊八景

               
名所江戸百景 吾嬬の森連理の梓
絵師:広重 出版者:魚栄
刊行年:安政3
 






絵本江戸土産第十編  吾 嬬 の 森
中央は吾嬬の森、森の中に吾嬬明神(現 吾嬬神社)
右の川は北十間川です。

         
東都名所 吾嬬之森 著者:広重
出版者:佐野喜  収載資料名:東都名所

 






※江戸名所図会 7巻. [18]  著者:松濤軒斎藤長秋 著[他]  国会図書館蔵 
出版者:須原屋茂兵衛[ほか]  出版年月日:天保5-7 [1834-1836]

江戸名所図会  第4巻  著者:斎藤幸雄 [等著]  国会図書館蔵






※江戸名所図会 第4巻  著者:斎藤幸雄 [等著] (国会図書館蔵)
※江戸名所図会 7巻. [18] 著者:松濤軒斎藤長秋 著[他]
出版者:須原屋茂兵衛[ほか] 出版年月日:天保5-7 [1834-1836]

          
東都舊蹟畫 吾嬬の森の故事
 






       明 源 寺
萬年山と号し、大州安充(永禄12年寂)が開山
梅巌桂林(弘治3年寂)が開基となり天文9年(1540)
に創建したと伝えられます。
南葛八十八ヶ所霊場71番札所です
住 所 / 立花1-13-10 





         





         





         





         










       



        立 花 大 正 民 家 園 
旧 小 山 家 住宅
江戸時代からの農家と町家の雰囲気を今に伝える20世紀初めの
建築物で、関東大震災、東京大空襲の災害もまぬがれました。
墨田区の文化財となっています。
(利用が無い時は無料で住宅内を見学できます)
住所 / 立花6-13-17   電話 / 03-3611-4518
定 休 日 / 12月29日~1月3日 入園料 / 無料
開館時間 / 9時~4:30(庭園部分)  12:30~4:30(住宅部分) 




立花大正民家園旧小山家住宅の年間イベント
 庭には七福神の像があり、わずか1分間で七福神めぐりができるスポットになっています。
 3月3日のひなまつりにちなみ、毎年2月下旬から3月上旬まで小山家のひな人形を中心に展示します。
 5月5日の端午の節句にちなみ、毎年4月下旬から5月上旬まで小山家の五月人形を展示します。
お問い合わせ・・・すみだ郷土文化資料館が担当しています。(電 話/ 03-5619-7034)
 





         





          





         





         





         





         





         






黒い壁の下の部分に漆を混ぜて塗った壁が光って見えます。
          
 黒い穴の床下は炭や薪等を入れていたそうです。 





             





           







〈墨田区指定有形文化財〉
旧 小 山 家 住 宅

  所在地  墨田区立花6丁目13番17号
             立花大正民家園内
旧小山家住宅は、大正6年(1917)建築の平屋建寄棟造瓦葺の住宅で、平成10年(1998)に墨田区に寄贈され
ました。この住宅は、土間のある整形四間取(方形を4等分した田の字型の間取り)の典型的農家の
構造形式と、出格子窓や堅格子戸など町家の伝統に客間を充実させた構造とを併せもち、近代以降
に普及したと考えられる都市近郊住宅の特色をよく留めています。正面に玄関を二つに設け、縁側の
両端に押入れと便所を配置している構造は、墨田区周辺地域の他の民家にも見られます。昭和10年代
に屋根を茅葺から瓦葺に葺き替えたほか、土間に床を張るなどの改修が部分的に行われていますが、
板ガラスも当時のままの状態で残されるなどほぼ原形を保っており、建築当初の姿を伝えています。
関東大震災や東京大空襲などをのがれた旧小山家住宅は、都市化の進んだ墨田区内で数少ない歴史的
建造物として、近代以降のこの地域の人々の生活様式の変化を伝える貴重な文化財です。

平成二十七年三月
                             墨田区教育委員会






      旧 中 川 水 辺 公 園
面積:62,255.90平方メートル  延長:2,767メートル
荒川放水路により分断された中川の下流、およそ6.7kmの区間を旧
中川と呼び、川の東側には江戸川区と江東区、西側には墨田区が
接している。染井吉野、河津桜、思川、陽光、関山、普賢象、
一葉、大山桜、仙台枝垂と早咲きから遅咲きまでの9種259本の
桜が植えてあるそうです。
所在地:東墨田一丁目11 





         





         





         





墨田清掃工場前の旧中川風景
桜が開花する頃は、土手にツクシも顔を出すそうです。
隅田川にはない自然を感じます!
今年の川岸の桜の花はちりましたが、土手の桜はこれからです。 


         





         





         





         





         





対岸の鷺に向かって何か言っている感じがしました。

     





対岸の鷺が飛んできて二羽揃って飛立ちました。

    





 

旧 中 川 の 桜 と 中 川 桜 愛 護 会
多くの方々に親しまれている旧中川の水辺を、より一層区民に親しまれ、魅力的な空間とするため、
区では、区の木である桜を植樹しています。それを契機に平成十五年六月十九日に沿川の五町会で
構成された中川桜愛護会が発足しました。中川桜愛護会は、旧中川の桜の保全をはじめ、自然豊かな
空間を大切にし、墨田区の桜の名所となるような美しい環境づくりを目指しています。平成二十二年
四月十三日には、三町会一自治会が新たに参加し、沿川の全町会による愛護会となりました。旧中川
の桜は、平成十三年三月に植樹した六本の桜から始まり、平成二十四年三月現在では257本になり、
区を代表する桜の名所の一つとなりました。中平井橋のたもとには、平成二十二年二月に立花五丁目
町会より、紅白の夫婦桜が寄贈されました。
             平成二十四年三月   墨田区
【中川桜愛護会】
  東墨田三丁目町会
東墨田一・二丁目町会
立花五丁目町会
立花五丁目東町会
立花六丁目町会
(平成十五年六月十九日発足) 都営立花六丁目アパート自治会
  立花四丁目町会
立花あづま町会
立花南町会
    (平成二十二年四月十三日参加)






絵本江戸土産10編 中川 
著者:松亭金水 解説[他]  出版者:菊屋三郎[ほか]
          
名所江戸百景 中川口
著者:広重 出版者:魚栄
出版年月日:安政4





 
江戸名所図会 中川口
          
江戸名所図会 中川釣舟 








      



       白  髭  神  社 (立花)
葛飾郡葛西川村の鎮守で社伝によれば、天和2年(1682)当時の
庄屋であった鹿倉吉兵衛と関口一郎治が幕府の許可を得て勧請
したといわれています。昭和19年(1944)村社に昇格。現在の本殿
は大正12年(1923)、幣拝殿は昭和46年(1971)の造営である。
社殿左手にある明神鳥居は安永9年(1780)に寄進されたもの。
墨田区内でも最古に属し、区の登録有形文化財に指定されている。
住 所 / 墨田区立花6-19-17 






白 鬚 神 社 鳥 居
         
白 鬚 神 社 拝 殿





         





 

白 髭 神 社 御 由 緒
御祭神  猿田彦大神
 猿田彦大神、またの御名を大地御祖(おおづちのみおや)神と申し上げ、天孫「ニニギノ尊」が我が
國土におくだりになった際、天の八街(はちまた)にお出むかえ申し上げ、天孫を高千穂の峯に道案内
申し上げ、この大任を果されてから伊勢の五十鈴の川上に宮居を定められ、こゝを中心に広く國土
開拓の指導にあたられました。御神徳高い大神は白髭大神・佐田大神(伏見稲荷大社 御 祭 神) 
道祖神(道しるべ)庚申(長命)さまとして全国津々浦々にお祀りされております。大神は古くより物事
の始めに災いを祓い給い最も善き方へお導き下さいます御神穂をおもちになり、海陸の交通の安全
を護り商工業の繁栄、田畑、山林、宅地の凶を払い、土の御祖神としてあまねく万人万事に尊い御神
恵を垂れさせ給う大恩神でございます。当社は古来より南葛飾郡葛西川村の鎮守神であり、新編武蔵
風土記に「村の鎮守とす」と記されている。葛西誌によると創立は霊言天皇の御代天和二年、徳川
綱吉将軍 (五代) の時代で、当時の庄屋鹿倉吉兵衛、関口一郎治両氏が幕府に許しを受け、現在地の
中川のほとりに社地を定め里人を導きて当社を勧請した。現在の御本殿は大正十二年の御造営にして、
幣殿拝殿は昭和四十六年氏子崇敬者の熱誠溢れる努力により御造営された。






       
金林山明了院 東 漸 寺(とうぜんじ)
天台宗寺院の東漸寺は、文安元年(1444)秀尊法印が創建、
円挙法印が宝永年間(1704-1710)に中興したと伝えられます。
本尊は阿弥陀如来で、葛西三十三所観音参りの一つに数えら
れた十一面観世音が安置されています。
住所 / 墨田区立花6丁目17-4
電 話 / 03-3611-5325





         







〈墨田区登録文化財〉
庚 申 塔 ( 道標付 )
 所 在  墨田区立花六丁目十七番四号  東漸寺内
 
この庚申塔は宝暦十三年(一七六三)十一月の銘を持つ駒形の??で、正面には青面金剛像を半肉彫りし、一鬼・二鶏
・三猿を配した典型的な庚申塔ですが、左側面には「左やくし道」、右側面には「右市川道」と刻まれており、木下
川(きねがわ)薬師 (元は荒川放水路の中程にあった) へ抜ける道と市川へ抜ける道の分岐点に立てられ、道標の役割を
兼ねていました。このことから、元は当寺より南を通る平井街道(平井の渡しから東は市川道と呼ばれた)沿いにあっ
たものが、当寺に保管されたものと思われます。かつては区内にも、いくつもの街道が交差し、多くの道標が立てら
れていたものと思われますが、数々の災害に見舞われ、区画が整理されたため、現存する道標は少なく、庚申塔と兼
ねているものはこれ一基のみで、貴重な存在となっています。
                   平成四年三月
                          墨 田 区
 








      



        すみだスポーツ健康センター
区民の方々のレクリエーションの普及振興及び健康増進
を目的とした施設です。流れるプール、ウォータースライダー
などを備えたレジャー型の温水プールと、トレーニング室
があります。
住 所 / 東墨田1-6-1  電 話 / 03-5247-7755





         





         






      
墨 田 清 掃 工 場
都内で唯一、個人でも予約なしで何時でも社会科見学できる
ごみの中間処理施設。ごみ回収車より吐き出されたごみの山は
圧倒的、ゴミの意識が高まるようです
住 所 / 東墨田一丁目10番23号
電 話 / 03-3613-5311 





         





         






中川からです。
         
すみだ健康スポーツセンター前からです。 






 見学者入口です。
         
指揮者のオブジェです 





         





         





         





         








        社会福祉会館



       T O K Y O 油 田 2 0 1 7
商 号 株式会社ユーズ
本 社 :東京都墨田区八広3-39-5
電 話 : 03-3613-1615(代)
「TOKYO油田2017」は東京地域で使われた家庭や
事業者の天ぷら油を回収し、二酸化炭素を増やさない
バイオディーゼル燃料などへの再資源化を通して、私達
の生活環境の改善に貢献していくための、新時代
リサイクルプロジェクトです。





TOKYO油田2017とは
「TOKYO油田2017」は東京地域で使われた家庭や事業者の天ぷら油を回収し、二酸化炭素を増やさない
バイオディーゼル燃料などへの再資源化を通して、私達の生活環境の改善に貢献していくための、新時代の
リサイクルプロジェクトです。



油の回収を通して、環境に貢献したいと思っている方であればどなたでもご参加できます。またご家庭からの
油の回収と、企業・団体、カフェ。レストランなどの事業者の方の回収では回収方法が違いますので、ご自分に
あったお届け方法をご検討ください。


廃食油の回収拠点(第一と第三土曜日)
使用済みの廃食油は、ペットボトルに入れてだす
未使用の油は、未開封のままで出す。

江東橋保育園 緑4-35-9 廃食油   すみだ保育園  墨田4-22-4-101  廃食油 
立川児童館 立川1-5-2 廃食油   押上保育園  押上2-10-17  廃食油 
江東橋児童館 江東橋1-15-4 廃食油   八広児童館  八広2-38-14  廃食油 
きんし保育園 江東橋4-30-2-301 廃食油   八広はなみずき児童館  八広4-27-8  廃食油 
亀沢保育園 亀沢1-27-5 廃食油   東あずま保育園(仮園舎)  立花2-32-12  廃食油 
東駒形保育園 東駒形1-6-8 廃食油   中川児童館  立花5-18-9  乾電池、廃食油 
東駒形コミュニティ会館 東駒形4-14-1 乾電池、廃食油   墨田清掃工場  東墨田1-10-23  乾電池、廃食油 
横川橋保育園 太平1-27-13 廃食油   中川保育園   東墨田2-1-15  廃食油
すみだ福祉保健センター 向島3-36-7 廃食油   墨田児童会館   墨田2-30-15 乾電池、廃食油 
すみだ清掃事務所(分室) 東向島5-9-11 乾電池、廃食油、
小型家電
  すみだ保育園  墨田4-22-4-101  廃食油 
梅若橋コミュニティ会館 堤通2-9-1 乾電池、廃食油        






      東 京 油 田 カ フ ェ
ギャラリー、環境、イノベーション、イベント(コンサ
ート、映画、落語など)、アートスペース、もの作り発信
基地、カフェ、リサイクル、研修場、ワークショップ
スペースを展開
住 所 / 八広3-39-5 1F(ライオンズマンション墨田 1階)
電 話 / 03-6231-9033
定 休 日 / 日曜日・祝日 営業時間 / 11:30~17:00





         





         







            
区の建物や民間の建物の90%近くがトイレ内のバッグを置
く場所に無関心の中、東京油田さんの心遣いが素晴らしい!





ダ ン ス ス タ ジ オ

              





やっちゃば @ 油田カフェ: 毎週水曜日 11:00-16:00
兎に角新鮮、お値段も手頃です!

         





         






      認定NPO法人 WE21ジャパン
            (WEショップ すみだ)
世界で起きている環境破壊・貧困の解決にむけて、気づ
き、考え、行動していく市民をひろげる活動に取り組ん
でいる、ネットワーク組織「WE21ジャパン・グループ」
の活動の一環です。地域の市民からいただいた衣類や
雑貨の寄付品を販売し、その収益から民際協力、共育
(ともいく)・政策提言の活動を行っています
住 所 :八広3-39-5 1F   電 話 :03-6657-3035
営業日 月ー土 11:00~17:00





         





活 動 概 要
WE21ジャパンは、環境破壊・貧困の解決にむけて、考え・行動する市民をひろげていくため、
ユース・リサイクル、民際協力、共育・政策提言を柱に、活動を進めています。





チャリティショップ「WEショップ」を拠点に、36のNPOが連携して下記の4つの事業を進めています。

http://www.we21japan.org/img/weshop_icon.png     
       
 WEBショップ   神奈川県を中心に45の「WEショップ」があり、36の「WE21ジャパン地域NPO」
と呼ばれるNPOが運営しています。 リユース・リサイクル 民際協力 共育
  
     
 リユース・リサイクル   衣類・雑貨のリユース   古着からリメイク  販売イベント(WEフェスタ)
リサイクル(衣類, ガラス, 陶磁器, 携帯電話, 天ぷら油)
     
民際協力    助成による支援 現場での民際協力 フェアトレード 東日本大震災支援·    
     
共 育 (ともいく)   WE講座・報告会  開発教育ワークショップ  貧困なくそうキャンペーン
アジア・友だち・みらい貯金  服育
   
     
政策提言    3R  鉱山開発とエネルギー
市民がつくる平和な社会づくり  多文化共生  NPO税制度
   





         





         





              





              





         








     



       
東 墨 田 白 髭 神 社
嘉暦二年(一三二七)以前の創建ともつたえられるが、
草創の由来、年代共に不明とのこと。現在地は荒川の開削
によって移されたもので、もと木下川薬師の守護神という伝え
もあります。祭神は猿田彦命である。
住 所 / 東墨田3-13-24






         





         






       八広地域プラザ吾嬬の里
協治(ガバナンス)を担う区民等が地域における交流及び
コミュニティ活動を行う拠点とするため、開設しました。
施設には、地域活動の拠点として、多目的ホール、楽屋、
調理室、音楽スタジオ、会議室、相談室、工作室のほか、
健康増進等のため、屋内運動場(体育館・トレーニング室)
及び屋外運動施設(砂入り人工芝敷き)を備えています。
住 所:八広四丁目35番17号  電 話:03-6657-0471 





         





         





         





         








      



         八 広 庚 申 塔 (墨田区登録文化財)
庚申塔には、庚申像の他、南葛八十八ヶ所霊場
54番札所が祀られています。
戦前は毎月5と11の日に縁日が賑やかだったそうです。
庚申塔は庚申塚ともいい、道教(中国より伝来)に由来
する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のこと。
住 所 / 墨田区八広5-32-7   





         





         






 左側が八広5丁目庚申塔で右側は85番札所です。
           







墨田区登録文化財〉
八 広 庚 申 塔
所在 墨田区八広五丁目三十二番
 この地はもと大畑村の地域で「新編武蔵風土記稿」によれば、元禄の改郷帳に初めて大畑新田村
と記載され、後に新田を省いています。また前記風土記稿には「庚申堂村持」ともみえ、当時から
庚申堂が村の人々によって維持されていたことがわかります。庚申堂内向って左から地蔵菩薩像、
中央が駒型庚申供養塔、右が観音菩薩像です。庚申塔は左右に「奉造立青面金剛庚申供養現当安楽所」
「元禄二己巳年正月吉日大畠村」(一六八九)とあり、台座の銘の部分を巾広くとり
「宇田川彦兵衛・坂田平兵衛」等十一名建立者が刻まれています。地蔵菩薩像には
「地蔵尊講中 上大畑村」 「享保五子天九月吉日」(一七二〇)の銘があり、この地域の人々の建立で
あることがわかります。また、観音像は全体に摩滅し、銘等不明ながら同時代のものと考えられます。
                  平成五年三月
                       墨 田 区








      



     
や く し み ち 道 標
将軍徳川吉宗が木下川薬師浄光寺参詣に当って、
大畑村の人々に建てさせたものと伝えられています。
正面に当地の地名(大畠村)、右面(西方向)江戸みち、
左面(東方向)薬師道」と刻まれております。
住 所 / 八広4-12-3 





         





 
(右面)左ゑとみち
        
(正面)右や久しみち
        
左面に「大畠村講中」






絵本江戸土産第十編・木子川(きねがわ)の風景
著者:松亭金水 解説[他] 出版者:菊屋三郎[ほか]






江戸名所図会 7巻. [19]  国会図書館  著者:松濤軒斎藤長秋 著[他]
出版者:須原屋茂兵衛[ほか]  出版年月日:天保5-7 [1834-1836]








や く し み ち 道 標
                    所在地 墨田区八広四丁目十二番三号先
 この道標は、木下川(きねがわ)薬師への道しるべで、享保年間 (一七一六―三六) に八代将軍
徳川吉宗が薬師参詣の際、大畑村 (現八広周辺) の人々に道の要所に建てさせたものといわれています。
木下川薬師は天台宗寺院浄光寺のことで、貞観二年 (八六〇) に創建されました。本尊の薬師如来
は伝教(でんきょう)大師作といわれ、『江戸名所図会』には「木下川(きねがわ)薬師堂」と紹介され
徳川家祈願所として、江戸の多くの人々が参詣した関東屈指の古刹です。かつての浄光寺は現在の
木下川橋のやや下流、川の中央辺りにありましたが、荒川開削に伴い、葛飾区東四つ木一丁目に移転
しました。この道標も開削以前は、この場所ではなく、他の場所から移されてきたものと考えられ
ます。向かって正面に「右 やくしみち」右面に「左 えど(江戸)」みち 左面に「大畠村講中」
と刻まれており、長い間この道標が、薬師参りの人々のために道案内の役割を果たしてきたことが
わかります。薬師道のかつての道筋は、白鬚の渡し (現堤通一丁目交差点の辺り) から東に向かい、
曳舟川で薬師橋 (現在の八広一・東向島六交差点) を東進し、この道標前を北上した辺りでゆるやかに
右折して薬師堂に続いていました。
平成二十年三月
                            墨田区教育委員会
 








       



       三 輪 里 稲 荷 神 社
慶長十四年(一六〇九)に出羽湯殿山大日坊(山形県内)の
修験者が、大畑村(八広、東墨田、立花の一部)の総鎮守と
して羽黒大神の御分霊を勧請し三輪里稲荷大明神として創建
したといわれています。湯殿山秘法の「こんにゃく」の護符
を授けるところから、俗にこんにゃく稲荷と呼ばれています。
住 所 /墨田区八広3-6-13  電 話 / 03-3612-2297 





         





         





         





 

三 輪 里 稲 荷 神 社 (こんにゃく稲荷)
慶長十九年(一六一四)出羽国(山形県)湯殿山の大日坊長が大畑村(八広、東墨田、立花の一部)の
総鎮守として羽黒大神の御分霊を勧請し三輪里稲荷大明神として御鎮座致しました。 通称
「こんにゃく稲荷」と呼ばれて人々の信仰を集めてまいりました。「こんにゃく稲荷」
のいわれは、初午の日に当社が「こんにゃくの護符」を授与され、これをいただき煎じて
服用すれば、のどや風邪の病に効くとされることに依ります。
平成五年八月吉日
               墨田区文化観光協会








        



      
江戸小紋博物館 (有)大松染工場)

古き江戸時代より続く染物の江戸小紋、巧みな技により
染められた実物や江戸時代の見本帳、道具、型紙、染
の工程写真パネル等を展示しています。
住 所 / 八広2-27-10   電 話 / 03-3611-5019 






真中の道を突き当たり迄行きます。少し先の信号の所
を入りますと、進行方向左側に電信柱があります。 
          
右側の電信柱に大松さんの案内板があります。
車の所の道を前進しますと右側にあります。。 





               





          





            





         





         





         





         





         





         






       街 路 灯 建 設 記 念碑
吾嬬町聯合通り會
住 所 /
八広2-1-14  





         





                      






       山   﨑  商  店
質 屋 さ ん
住 所 /
八広2-3-2  電 話 / 03-3611-3515
営業時間9:00~18:00 

定休日 / 毎月7、17、27日、日曜日、年末年始





         





            








       



      
墨田区立ひきふね図書館
区内最大の広さと蔵書数を持つ図書館で平成25年4月1日
に開館しました。子供向けの「こどもとしょしつ」、中学生、
高校生向けの資料を集めた「ティーンズルーム」の他、すみだ
の偉人やすみだゆかりの文豪の特集コーナーなどがあります。
目の不自由な方に拡大写本や録音図書を多く揃えています。
住 所 / 京島1-36-5   電 話 / 03-5655-2350
 





         





         






     
藍  染  博  物  館
3世代120年以上にわたって藍染め製品を作り続けている数少な
い工房の1つです。工房内の染料が入った大きな桶は創業以来
ずっと同じものを使用していて、何年も発酵を重ねて染め上げら
れた藍染ゆかたは科学染料のゆかたに無いやわらかな染色の
感じが味わえるそうです。
住 所 / 京島1-29-1  電 話 / 03-3611-6760






         

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つぶやきいってみよう
押 上 駅バス停~曳舟小学校バス停 

    〇そば処・中むら    もちよりぱんSAMBA 
     ハ ト 屋 パ ン 店    〇Machiyasu   〇三善豆腐工房キラキラ橘店    〇ももパン
  スパイスカフェ     〇(有)ツバメ研磨工業所
  Kitchen KAMEYA 洋食館     かめぱん店(立花)
    澤田治商事(株) 
    それいゆ Deux 
    カフェ パザパ  
    〇や ま だ い ら



       



        そ ば 処  中 む ら
静かな通りの一角にあり、ランチに2回ほど立ち寄り
ました。感じがいいお店に出合えたことに。嬉しさを
覚えました。
住 所 / 押上3-18-11  電 話 / 03-3612-4673
定 休 日 / 木曜日
 営業時間 / 11:00〜20:00頃
;





         





         





             





         






ごまだれ冷や汁うどん 
            
玉子丼セット






      もちよりぱんSAMBA

住 所 / 押上3-26-6  営業日 / 火水金土曜日
 営業時間 / 12:30〜18:00頃
;





         





         





         





         






        



        三善豆腐工房 キラキラ橘店
おから茶なんて嬉しいですね!
住 所 / 京島3-22-11 ルミナス京島
電 話 / 03-3613-1088
営業時間 11:00 - 19:00
定休日 日曜日






         





         





         





豆 腐 ス イ ー ツ


 おからケーキ
おからと卵で焼き上げた自家製おからケーキで、
お腹も満たされて、ダイエット中のスイーツ商品
   
揚 げ ド ー ナ ツ
「畑の肉」と呼ばれるほど栄養価が高い大豆 を
使用し、ふわふわ、もちもちでヘルシードーナツ
              
 
豆 乳
トロッとした口あたり、大豆本来の香りとまろやか
なコクで、風味もしっかり残しています。
 
豆 腐 プ リ ン
低カロリー、高タンパクな豆乳を活かし、豆乳の
まろやかさをプルプル食感に仕上げた一品。
 






       
ハ ト 屋 パ ン 店
ハト屋さんの燈火を継承
住 所 / 京島3-23-10 タチバナ銀座通り
定休日 / 金曜日 営業時間 【月〜木】6:30〜8:30
;





         





         





        





         






      
 Machiyasu
美味しい果物で作った手作りシャーベットのお店が
ホットケーキと生パスタもはじめました。
住 所 / 京島3-20-1  定 休 日 / 日・祝日
電 話 / 03-3611-3531  営業時間 / 11:00~19:00





         





                





         






     
も も ぱ ん
栄養士が作るパン屋さん
キラキラ橘商店街、原公園の隣です。
住 所 /京島3-47-1  定 休 日 / 日・月
電 話 / 03-6833-7146  営業時間 / 9:00~19:00 





         





         



       



      
 スパイスカフェ
カ レ ー の 館、オーナーは世界48ヵ国
の食べ物を旅されてこられた方です!
(ディナーコースのみ予約制)
住 所 /文化1-6-10  定 休 日 /月・火
電 話 0/3-3613-4020  営業時間/ 11:30~15:00
18:0~23:00





         





         





         





               





               





         





         






       (有)ツバメ研磨工業所
 東京にただ1社、6mの長尺ステンレスを磨き上げる会社
目の当たりに初めて見る光景!楽しい体験でした。

住 所 /文化1-34-3   電 話 0/3-3619-7811 





                





         





         





      



      
Kitchen KAMEYA 洋食館
一軒先にかめパン店(立花)があります。
住 所 / 立花2-1-11  定 休 日 / 月曜日
電 話 / 03-3619-0547
営業時間 / 11:00~15:00(L.O.14:30)
     17:00~21:00(L.O.20:30)





         





         





         






      
か め ぱ ん 店 (立花)
一軒先にキッチンカメヤがあります!
住 所 / 立花2-1-11  定 休 日/ 毎週火曜日
電 話 / 03-3619-2223  営業時間 / 6:30~19:00





         





             





         





         





       



    
そ れ い ゆ Deux
一人2個限定販売のアンドーナツ!
カレーパンもあっとゆうまに売り切れでした
住 所 /立花4-30-16  定 休 日/土・日・祝日
電 話/03-5631-3305  営業時間 /10:00~16::30
 





         






        



         澤 田 治 商 事 (株)
卸問屋さんです。
良い品が嬉しい値段で購入できます!

住 所 :八広2-56-11  電 話: 03-3619-5850
時 間:9:00~17:00:






         





         





         





              





      



         カフェ パザパ
トライしたい商品が沢山あります。お菓子の旅
へ出発!
若い方々に作品発表の場として2Fのスペース
を無料で貸してくださっています。
住 所 :八広5-32-8
電 話: 070-5561-2017






         





         





             





               





                  
キッチンにいらっしゃるのは
  Tokyo油田の染谷ゆみさんです。
 





         





        





       和牛処 や ま だ い ら
ふるさと新潟県より移築された古民家のお店この建物は
江戸後期か明治の頃の建物で、当時の山平会長の実家で
明治44年に山平役場として移設設置され、昭和29年県内
で只一軒の茅葺屋根の役場として有名でした。
住 所 / 八広3-7-1  電 話 / 03-5631-2539
定 休 日 / 毎週月曜日 





         







和牛処  やまだいら
この建物は、新潟県山平村(やまだいら) (現、十日町市松代) にて、昭和二十九年まで県内で
只一軒の茅葺き屋根の役場として知られていました。その後、山平屋初代社長樋口丈吉様の
実家として使用されていた建物を、平成二十五年に当地に移築、再建したものです。現行の
建築基準法、消防法に適合した建物として設計され、内部は古民家造りとなっております。
そして、此の建物に合うように実物の水車を配置しましたが、この水車は岐阜県高山に
現存するものを、東京東信用金庫様が寄贈されたものです。
    平成二十五年八月吉日
       設計・施工  岡建工事株式会社
 

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墨 田 区 内 循 環 バ ス 時 刻 表
(すみだ百景 すみまるくん、すみりんちゃん)






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